2019.4.30

平成最後のご挨拶

 前回の更新は真冬の最中、新しいサーバーに引越して、初めてのご挨拶でしたが、それからすでに3ヶ月以上が経ち、季節は春を通り過ぎ、間もなく立夏を迎えようとしています。未更新日数を早々に塗り替えてしまったという本当に情けない私ですが、みなさまはその後、いかがお過ごしでしょうか? 皇位継承に伴う10連休という、前代未聞のゴールデンウィークに突入してすでに数日が過ぎましたが、こちらはあいにく、しとしと雨が降り続き、肌寒くて風邪をひきそうな毎日です。

 今日は平成最後の日。202年ぶりという「退位礼正殿の儀」も無事に終わり、もう間もなく平成という時代に幕が降ろされようとしています。ほんの数ヶ月前まで、このことに対し、何の感慨も実感も湧かなかった私ですが、1ヶ月前に次の元号が「令和」に決まり、平成という時代、および天皇皇后両陛下のご公務を振り返る報道が増えるにつれ、時代の大きな節目を生きているという実感が日々深まっていきました。

 今日のニュースで、アナウンサーの「平成はどんな時代でしたか?」との問いかけに対し「災害が多くて大変な時代だったけれど、天皇皇后両陛下の優しさに包まれた時代だった。」というような回答をされた方がいて、思わずはっとしましたが、本当にその通りだなと思います。「平成」の30年間は様々な災害に見舞われ続けたまさしく激動の時代でしたが、その度に天皇皇后両陛下は現地に赴かれ、一人一人に寄り添い、お声をかけられ、人々を勇気付けてくださいました。映像を通してそのようなお姿を拝見するたびに、こちらまで大きな安らぎと励ましを受け取り、素直な心に戻り、優しい気持ちになれたような気がします。障害者スポーツの推進、元ハンセン病患者の方々や高齢者施設へのご訪問、病気を抱えた子供たちとのご交流、拉致被害者家族への心配りなどなど、常に弱者への眼差しを大切にされるお姿は、さりげない形での国民へのメッセージ、願いでもあったように思います。先の戦争責任に対しては、国内外、慰霊、追悼の旅に精力的に赴かれ、それがどれほど人々の心を解きほぐし慰め、世界の平和と各国との友好関係に貢献したかは計り知れません。「令和」という元号の考案者と思われる(?)国文学者の中西進氏が「元号は文化だ」とおっしゃっていましたが、天皇皇后両陛下は「平成」という時代を通して、国民の幸せと世界の平和を全身全霊で願い、取り組んでくださいました。それを思うと本当に感謝の言葉しかありません。国民への最後のお言葉を拝聴したときには、感無量になり、思わず涙がこぼれました。「平成」という時代をどうもありがとうございました。そして本当にお疲れ様でした。

 明日から始まる「令和」という時代はどのような時代になるのでしょうか。「和をさらに強調すること」「麗しき和を築くこと」と中西氏が言われるように、人々がこれからも「和」の精神を大切にする世の中であってほしいと心から願っています。新天皇になられる浩宮さまと雅子さま。ご活躍を心から楽しみにしています。


 ところで、平成の終わりにせめて一曲だけでも曲をアップしたいと思っていましたが、残念ながらそれはかないませんでした。曲の制作に取り組んでは、システムの使い勝手が悪くて中断、未だにダラダラとシステムの更新を続けています。本当にいけません。ということで「令和」に持ち越しです。新たな気持ちで頑張りたいと思います。

 今年のゴールデンウィークは全国各地、気候の変動がかなり激しいですね。どうかみなさまも体調を崩されませんよう、くれぐれも気をつけてくださいね。それでは「令和」にまたお会いしましょう。今度は、未更新日数を更新しないよう気をつけます!



フォトエッセー 春を巡る〜立夏も間近という時期に

今年の桜並木〜1ヶ月前の記録

 3月の終わり頃、毎年楽しみにしている近くの中学校の桜並木。けれども昨年は、その前年、九州北部を襲った記録的豪雨の惨事を物語るかのように、桜の木の大きな幹や枝が至るところでバキバキに折れてしまっていたり、無造作にバッサリと切られていたりと、あまりに変わり果てた光景にとてもショックを受けた。今年はどうなっているだろう・・・。半分期待を抱きつつ、1年ぶりに訪れて見ると、自然に笑みがこぼれるほど、桜の木々は咲き誇り、生き生きとした姿を見せてくれた。例年この頃は、荒れ狂う春の嵐が、咲き始めたばかりの桜の木々を容赦無く襲い、その非情さをいつも恨めしく思ったりもするのだが、今年は例年になく天気に恵まれ、(花見の宴にはきっと寒すぎるほどの)寒の戻りが長く続くなど、桜には(人間には?)またとない好条件が重なって、花びらがはらはらと自然に舞い散るまで、その移りゆく光景を心穏やかに楽しむことができた。

 「桜切るバカ、梅切らないバカ」とよく言われるが、傷ついた桜の木にも、やはり自然治癒力が備わっているのだろう。ぽっかり生まれた大きな空間には明るい陽の光が降り注ぎ、その光に向かって幹の至るところから新しい枝が元気よく伸び、その枝のあちらこちらにはとりわけ明るいピンク色をした可愛らしい花々がそよ風に揺らぎ、輝いていた。この新鮮な息吹の1つ1つが小さなエネルギーを放ち、それが私たちに明るい希望を感じさせてくれたのだ。被害のダメージが大きすぎて、すっかり根株だけになってしまった大木の前後には、まだヒョロヒョロと頼りない小さな苗木が植えられていた。この小さな木が見上げるほどの大木に育ち、上空を一面の花びらで覆い尽くす日は一体いつ訪れるだろうか。

 ちぐはぐになってしまった桜並木。けれどもこれからも、日毎小さな変化を遂げながら、来年の春にはまた新たな姿で私たちを迎えてくれるに違いない。

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(左上)満開の桜。枝がうねって、今にも動き出しそうだ。

(右上)桜の大木の下に立ち、上空を見上げたその向こうに青空と白い雲が見えたとき、気持ちが突然、パッと明るくなった。以前は隙間なく層をなして上空を覆い尽くす幾万もの桜の花々に圧倒されて目眩がするほどだったが、このスッキリした開放感もまた気持ち良い。

(左下)根元にはささくれ立った大きな空洞ができている桜の老木。幹には新しい枝が幾本も育ち、再生への期待も感じられるが、今度また大きな嵐が来れば、ボッキリ倒れてしまいそうな危うさも秘めている。

(右下)新しく植えられていた小さな苗木。前後には地面すれすれに切られてしまった2つの大木の根株が見える。苗木は全3本植えられていた。



金魚草の不思議

 花の種としてすぐに思い浮かぶのは、例えば向日葵やアサガオなど、1つ1つ指で掴めるほどの大きさのもので、「種蒔き」と言うけれど、実際には指で(あるいは割り箸のような棒で)土に穴をあけ、そこに種をコロンと入れるから、本当は「種植え」と言った方が正しいだろう。そのような作業はさほど手間のかかることではなく、むしろ気楽な気持ちで楽しめる。うまくいけば1週間もせずに土の表面に小さな芽が現れ、土をもっこりと押しのけて、元気の良い双葉が「初めまして」とばかり顔を出す。その姿はとても愛嬌があり、思わず笑みがこぼれてしまう。ところが花の種といっても本当に千差万別で、金魚草の種は生長した姿からはとても想像できないほど小さく、ゴマ粒どころかヒエと同じくらいの大きさなのだ(他にもラベンダー、ペチュニア、ビオラ、パンジー、スィートアリッサムなどなど)。数年前の春、姉から花の種が送られてきたときの1つに金魚草があり、封を開けたときの衝撃は大きかった。これちょっと無理・・・。添えられた説明書きによれば、このような小さな種はまず、(イチゴパックなどの)浅箱に土を入れ、そこにパラパラと種を撒き(種には土を覆わない)、土の表面を乾かさないように水を与える・・・云々。その後の作業もかなり面倒そうだったが、可愛いフリルの尾っぽを持つ金魚が茎のあちこちに群れ咲く姿は想像するだけでも楽しく、とりあえず試してみることにした。一向に変化がなくもう諦めかけたある日、突然、黄緑色の小さな小さな芽が一斉に吹き出していた(多分、発芽の適温になったのだと思う)。それはもやしの数十分の1くらいの細さで、ピンセットで間引きしようにも、他のものが連なって一緒に抜かれてしまうし、霧吹きの水にもあっけなく倒れてしまうほどの繊細さだ。それでもどうにかこうにか、2cmほどにまで生長したある日、突然、全ての芽が一斉に倒れていた。水分を与えすぎたのだろうか、何が起こったのか分からない。かなり順調!と思っていただけに、ショックだった。

 その後も春になると姉から花の種が送られてきたが(勤務先でいただくらしい)、昨年、再び金魚草の種を発見! 先の失敗もあり、今度は大いに手抜きをして、花壇に直接パラパラと播いた。案の定、芽が出る気配は全くなく、いつしか種を播いたことさえ忘れていたある日、見覚えのある 4,5cm ほどの小さな苗に気がついた。「えっ、もしかして、これ金魚草?」 急いで花壇の一角を耕し、そこに移し替えたものの、その後は他の事にかまけ、どのような世話をしたのか思い出せない。けれどもいつの間にか少しずつ生長していたようで、春になって急にその速度を増し、1メートルを超えるまでになった。そして驚くほど見事な花をたくさん咲かせたのだ。

 ところで金魚草は多年草で、しかも年に二度、春と秋に花が咲く。種蒔きに失敗した年の晩秋、実は店の片隅で偶然見かけた2種類の株を購入し、花壇に植えていた。花の色もわからず、それほど元気な株でもなかったので、普段ならばきっと買わないと思うが、どこか懐かしい気持ちが働いたのかも知れない。寒さに強いと言われたものの、植える時期も遅すぎる気がして、あまり期待もしなかったが、厳しい冬を無事に乗り越え、翌年の春、淡いピンクと濃いピンクの二種の花が、花壇の一角にこじんまりと可愛らしく咲いた。その後、少しずつ株を増やし、花数も増えていったが、この春はなんと購入した二色に加え、桜色や真っ赤なども加わり、とても華やかに群れ咲いた。なぜ色数が増したのだろう。姉からもらった種のなかにこの色があり、私がそこに種を蒔いたか、そこに移植したのだろうか(背丈からいって、ちょっと疑問が残るが、この種にも幾つかの品種が混じっていたのかもしれない。)? あるいは購入した二種からできたこぼれ種がいつの間にか発芽して、新たな色の株を生み出したのだろうか。自然の不思議は尽きることがないが、この春もまた金魚草からたくさんの驚きと感動をもらった。

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(左上)もっとも巨大に生長したピンクの金魚草。背丈は1mを超え、茎は直径が2cmほどもある。金魚草の英名は「スナップドラゴン」。竜にも例えられるそうだが、このそびえたつ姿をみれば、なるほどと頷ける。この名前がいつ、どこで付けられたのかは知らないが、原種はこのように背丈の高い品種なのかも知れない。それにしてもヒエのような種からこんな巨大な花に生長するなんて、驚きを通り越して怖いくらいだ。

(右上)右半分はピンクと同じようにそびえたっているが、左半分は背丈も低く繊細に見える。違う品種かと思いきや、驚くなかれ、実は左半分の花は太い主茎が何故だか横に倒れていて、そこから出た芽が主茎に対して垂直にぐんぐん伸び、このように1本1本、独立した花のように見えるのだ。同じ白でも受ける印象はかなり異なるが、可愛らしいフリルのついた花びらの柔らかさが白の美しさを一層引き立てている。

(左下)購入した二種の金魚草を植えた花壇の一角。写真には写っていないが、手前には桜色も咲いている。淡いピンクの花びらを彩る微妙なグラデーションは例えようがなく、自然の生み出す色彩美にとても深い感動を覚えた。

(右下)20,30cmほどの金魚草は切り花にちょうどよい。モコモコ感がなんとも可愛らしい。



アネモネの花

 昨年の秋に植えた球根が順調に育ち、この春、沢山の花が咲いた。一度、植木鉢で育てたことがあるが、やはり地植えは生長の度合いが全然違う。球根が入っていた袋に添えられたラベルの写真には、赤、白、ピンク、紫のアネモネが美しく咲いていたのに、10個ほどもあった球根の中にピンクと紫が1本もなかったのはとても残念だった。

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ラナンキュラスの花

 薄い花びらが幾層にも重なって小さなドーム型の花を形つくる、まるで造花のように精巧な美しさに惹かれ、以前、株を購入したことがあるが、なぜだかうまく根付かなかった。それ以来、育てるのを諦めていたが、アネモネの球根を買おうとしたら、そのすぐそばに置いてあり、思わず購入してしまった。袋には3つの球根が入っており、それに添えられたラベルの写真には、可愛らしい手毬のようなラナンキュラスが、色とりどり一面に咲いていた。秋に植えてから、開花を心待ちにしていたが、本来の八重咲きのラナンキュラスはたった1株だけで、残り2株は球根を入れ間違えたのではないかと思うほど、全く異なる花だった。最近、ラナンキュラスはたくさんの品種が出回っているらしいが、ラベルの写真のような光景を期待していただけに、ちょっと裏切られたような気持ちである。初めて出会った一重咲きの白いラナンキュラスにはとても心惹かれたが、赤や白のまん丸いラナンキュラスが黄色と一緒に咲く光景をやはり見たかった。

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(左)ラナンキュラスといえば、やはり手前の黄色の花の形を思い浮かべる。薄い花びらの層がなんとも言えず美しい。奥の赤色のラナンキュラスは背丈が黄色と同じように見えるが、実は写真上部で切れている高さが標準で 60cm ほどもある。カーネーションのような鮮やかな赤は美しいが、花びらの大きさと枚数と薄さがうまくバランスを取れていないのか、咲いたどの花もとても不安定な形をしていた。

(右)土が適しているかわからないので、1球だけアネモネの近くに植えてみた。思った以上にアネモネが群生し、中に埋もれてどこに植えたかわからなくなったが、花の形が全く異なるから大丈夫!と開花を楽しみにしていた。けれども、なかなか咲く気配がない。あぁ、ここはダメだったみたい・・・と思った矢先、ラナンキュラス特有の葉っぱを発見! 花を確認すると・・・まるで一重咲きのコスモスだ。アネモネに埋もれるように小さく咲いていた(手前2本の白い花)。薄い花びらの透けるような白がこの花の印象をより柔らかく、魅力あるものにしている。他の二種と比べ、生育が芳しくなかったのは、アネモネの勢いに押されてしまったのだろうか。とても残念だった。